この投稿は、2017年は9月の12日に当ブログに投稿をした読み物を、2019年は10月の21日に直したもので、意味は変わっていません。
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☆ 1 この二つの物語を記した時分のこと
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下の読み物ですが、これは2017年は2月か3月に記したもので、ここ最近に記したものの中では、良いでき映えなのではなかろうか。と思っていて、これをここで投稿をしましたは、当ブログnguyenkieuanhの色を示しておく為です。 これは展示用のものであったわけですが、有り難いことに、仕事が忙しかったりなどとしたことからにそうとすることができず、ですので、WEBで公開をするほうがはやくなった次第ですが、先の役所ではないですも、別の役所やらそれ以外のかたと展示の話を途中までは煮詰めていましたので、ほとぼりが覚めた頃にまたお願いをしたいですね。
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☆ 2 二つの物語
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ではご一読下さい。
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藍にと染められし常夏も四季の如くに移り行くものですからに其れな先に見ゆるる控え目なる優しさに想わずのあらましごとは強葉に艶葉にと。
落ちましたる炎やがては焔となりましに空へと向かうる他にはなき一目惚れなるのを見上げることもせじなるのあらましごとは今一度なるを互いに願い申し。
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このお話には、二つともタイトルはないんですが、意味は、
あるがままを観ています。 花が活けられていて、そこから一節と落ちています。
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☆ 3 物語の意味
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一つ目のお話は、色を観ています。 二つ目のお話は、配置を観ています。
藍色、常夏、控え目な優しさ。これらは花言葉です。
つまり、 《アジサイ!ツバキ!ナデシコ!》 と言っているだけであるわけです。
二つ目のお話の意味ですが、真っ赤に染まるほどの恋をしていた人が、焔=業火のように、憎しみに燃えて、一目惚れをしたほうを観なくなりました。 一目惚れをしたほうは、そのポワポワ感が行き場を失いましたが、それでも互いに願うは今一度。です。
一つ目のお話の意味ですが、憂いを帯びた心に染められた誰かさんの熱い心も、四季のように移って行きますよね。 それは飽きるからです。 飽きるのは別の人ができたからで、その人が醸す控え目な優しさに、強く艶やかに。です。
椿は、 強葉木 艶葉木 とも書きますので、それと、強く艶やかに。を掛けているだけです。
ネガティヴな花言葉ばかり集めても、そのようにならないということは、根暗な人ばかりが集まったところが、必ずしもそうとなるわけではない。ということですね。
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☆ 4 この投稿を記しての感想
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この投稿ですが、元のお話を記す少し前と、記して何時間かしたときは、てんやわんやであったわけですが、その時は落ち着いた雰囲気でした。 それから、お話自体は、やはり一瞬ででき、私は文字に起こしただけです。ですので、この状況を作って頂いたかたに感謝です。 当時のかたにも感謝です。 そのようなことからか、それほどに直しも必要がなく、そのままでも良いように思います。 また、この投稿を直す最中のことですが、淑気が分かりました。 何やらしてやられた感じが致します。 ブログとの関連も分かりました。 有り難う御座いました。
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