この投稿は、2020年は2月の10日にメッセンジャーに記していた雑記を、ブログ用に纏めたものです。
Nguyen Kieu Anhですが、亡くなった子供にもう一度会いたくて、ヴァーチャルリアリティーの技術を使っているとの投稿のシェアがあり、《哀しい。誰も観ないで》というような投稿があります。 ブログにもメッセンジャーにも記していることや、錠との関連ですが、有り難いですね。
今であれば新型肺炎であるコロナウイルスのことも気に掛かりますし、そのようなことを考えながらにですも、前川 喜平さんのTwitterを観ていますと、津波にのまれた子供たちがいた場所では、夏になると向日葵が咲く。という投稿がありました。
今一度、ひと目でも、ということからに技術に頼ることと、太陽に向かって向日葵が咲くという、哀しみを乗り越えるようなことの違いはありますが、昔に種の殻を左右に割って、中身を食べていたことがある気が致します。などと考えた次第のことですが、まあ、自分で命を絶ったかたも、その当時に19歳ですし、少し内側に入られたりもしたように感じてか、敵意ではないですが、僅かにであれどそのような考えを抱きも致しましたが、丁度、Facebookの《むかい あおい》さんというかたのことを思い出した次第のことで、このかたにもベトナム語を教えて頂きました。
向日葵という同じ名前の使用をしているかたは何名かいますも、別のFacebookでですが、本名で友達と写真にうつっていました。 日本語の試験にも、受かっただか受けるだかという投稿もありました。
これと、会社のマネージャーというかたの苗字が同じでしたので、心の中でのことですが、紐付けをしていました。
それから、当時コンビニエンスストアーで三人いたうちの一人と同じ苗字です。辺りに来ていたかたは、当時に20歳ですしね。
この三人の話を、外国のかたとしたり、当初にいた二人では、流石に仕事が忙しくなりすぎることもあって、三人になりもしたようですが、その体制になる前には、奇数であれば意見が割れ、少ないほうの意見であることが何度か続けば、一人ですので、疎外感のようなこともあるのではないか?というようなことも話していたそうです。 ただ、それはそれで上手くやっていたようですし、なだめるのが大変ですが、徒党を組めば強いですしね。
こちらと、このこととの関連で、前川 喜平さんの 《大川小学校の子供たちが津波にのまれた場所には、夏になると向日葵が咲きます。》 というtweetに意味が出てきますね。このことから、前川 喜平さんのTwitterにある、セーラー服歌人の鳥居さんのtweetにも意味が出ました。
これは日本のことですも、津波で亡くなったかたもうかばれる。ではないですし、そのようなことは生きている人間が勝手に思うことで、本当は色んなかたやら社会のことを恨んでいるのかもしれませんが、まあ。
人間の力は、やはり小さいですね。
これでNguyen Kieu AnhがFacebookでシェアをした投稿にも意味が出て、向日葵にも意味が出ます。 *その後に削除をされているようですが、この投稿にある別のかたも投稿の削除をしており、思い当たる理由の別記ができればそのように致しますが、その投稿自体は、現在では、Trường NguyễnのFacebookにあります。
この投稿の雑記ですが、日本時間は2月の10日の朝の6時頃に記していますので、空が泣いたと記すくらいのことはバチも当たらないでしょう。
フジテレビのニュース番組であるグッディでも、向日葵についての言及がありました。
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